<意思表示できない人>とは誰なのか?
「からだと性の法律をつくる女の会」法案をめぐる往復メール
DPI女性障害者ネットワーク
樋口 恵子
先日、私たちDPI女性ネットワークでは、「からだと性の法律をつくる女の会」で作成している法律案について、同会のメンバー米津知子さんより意見を求められました。
意見を求められたのは、「不妊手術及び人工妊娠中絶は、本人の意志に基づいて行うべき」という理念に基づいて法律案をつくるさいに、「意思を表明できない人の問題」をどう反映していくべきかという問いでした。
私たちは、このテーマで米津さんとメールのやりとりをしています。
まだハッキリした結論が出ているわけではありませんが、この議論をもっといろいろな人に考えてもらいたい、問題を共有し、ともに考えていきたいと思い、つくる会HPに途中経過を公開することにしました。ぜひ、みなさんも、この問題についていっしょに考えてください。
●「意思表示できない人の規定」は、はずしたが・・・・・・
第1信(米津より 2001年3月31日)
DPI女性障害者ネットワークの皆さん、お元気ですか。ご無沙汰しています。
今日は、「からだと性の法律をつくる女の会」で作成している法律案に、皆さんのご意見を寄せていただきたくお便り差し上げます。
「からだと性の法律をつくる女の会」は、1,997年11月に「避妊、不妊手術および人工妊娠中絶に関する法律(案)」を作りました。この法案には、意思表示ができない人についての規定を設けていました。その条文は以下のとおりです。
<問題の条文>第十条 何人も、本人の意思に反し、第五条、第六条で定める不妊手術または人工妊娠中絶を行ってはいけない。第七章 罰則 第十一条 第十条の規定に違反して、本人の意思に反する不妊手術及び人工妊娠中絶を行った場合は、刑法の傷害罪(二0四条)によって処罰されるものとする。ただし、本人が意思を表明できない場合、妊娠の継続または分娩が本人の生命または健康を著しく害するおそれがあるときは、その限りではない。その場合の不妊手術及び人工妊娠中絶の実施にあたっては、公正な第三者機関による審議を経なければならない。
でも、この規定に対して「意思を表明できないひとに不妊手術及び人工妊娠中絶を行っても罰せられないということか?」「第三者機関が判定するシステムは国民優生法や優生保護法もとっており、強制的措置につながる危険がある。」という批判が寄せられました。
私たちは、障害者が「意思表示ができない」と決めつけられ、あるいはそれを理由に不当な不妊手術、中絶、子宮の摘出をされる問題を忘れたのではありません。その頃アメリカで、植物状態に陥った女性が強姦されて妊娠し、カソリックの家族の考えで妊娠を継続することになった例がありました。このような場合、家族や病院、施設など「密室」で決められたり行われたりするのを防ぎたいという意図で、「公正な第三者機関による審議経なければならない」としたのです。
しかし批判を受けて、自分たちの意図とはかけ離れた意味に受け取られることがよくわかりましたので、その後の法律案修正の過程で、意思表示ができない人についての規定を設けないことにしました。
他にもたくさんの修正を加えて、今年3月に「2001年3月法案」としてまとめました。
問題の箇所は、以下のようになりました。
「2001年3月法案」第十一条 何人も、本人の意思に反し、第三条、第五条で定める永久避妊手術または人工妊娠中絶を行ってはならない。第六章 罰則第十二条 第十一条の規定に違反して、本人の意思に反する永久避妊手術(*注)及び人工妊娠中絶を行った者は、懲役六ヶ月以上七年以下に処する。
*注 2001年3月法案では、「不妊手術」のことを「永久避妊手術」と言い換えた。
このように、「2001年3月法案」は、意思表示ができない人についての規定を設けない内容になったのですが、これで問題がなくなったわけではありません。現実に、自分の意思を示すことができない人はいますし、場合があります。次のような懸念が残ります。
*自分の意思を示すことができない場合の避妊や不妊手術、人工妊娠中絶をどう考えたらいいのか?
*法律の中にまったく規定を盛り込まないことで、かえって、意思表示できないでいる人を、人権侵害など危険な状況にさらすことはないか?
*法律案を具体化していく過程で、意思表示できない場合の規定を盛り込むべきだという意見は必ず出てきます。それにどう答えればよいのか?
*法律に盛り込まないで通す場合、法律の外側でどういうことをしたらよいか?
*あるいは、やはり法律の中に書き込むべきか? その場合、どう書き込んだらいいのか?
このようなことを、これから検討していかなくてはなりません。この検討作業に、ぜひ皆さんのご意見を寄せていただきたいのです。
●医学的なアプローチでもいいのでは?
第1信への返信(DPI女性ネットより 2001年4月11日)
米津さん、お久しぶりですね。お元気ですか?
「からだと性の法律をつくる女たちの会」の法案、読みました。で、内容ですが、とってもむずかしい問題ですね。
先日、2,3人のメンバーで、このことを話し合いました。
やっぱり罰則規定の中に、「意思表示できない人」についての例外規定は必要ないのでは、という話になりました。
米津さんのメールの中に、「植物状態に陥った女性が強姦されて妊娠し、カソリックの家族の考えで妊娠を継続することになった例」が紹介されていましたが、このような例は、非常に珍しいケースなのではないか、だから、問題が起きたらそこで考えればいいのであって、最初から条文の中に「第三者機関」を盛り込む必要はないのではないか、ということです。
だから、意思表示できない人についての規定は盛り込まないままでいいと思います。
ただし、米津さんも書いているように、規定を設けないことで、そのまま問題がなくなったわけではないでしょう。
非常にむずかしい問題ですが、でも、「意思表示ができない」とされる人にとって、本人の意志によらずに不妊手術や人工妊娠中絶が必要になるというのは、「本人の意志によらない妊娠」が前提ですよね。その場合は、中絶は議論の対象になるけど、「不妊手術」は、何となく論外になるような気がします。
中絶の場合については、たとえ「本人の意思表示が困難」でも、例えば子宮ガンとか卵巣ガンとかの場合は、保護者の判断で、摘出手術とかしますよね。何か、法の外側での、そういう「病気」とか、「健康管理」とか、そういう方面からのアプローチになっていくような気がします。
うまく、まとまりませんが、とりあえずこんなところです。
●意思表示の困難な人への援助とは
第2信(米津より 2001年4月12日)
お返事ありがとう。
子供をもつか持たないかについて、本人以外の者が圧力をかけたり強制したりしてはいけない。あくまでも本人の意思によって決める−−「からだと性の法律をつくる女の会」は、この点を法律案で強調しているのですが、そのことから逆に、自分の意思を表示することができない人にどうしたらいいのか? という問題も生じるのです。だから難しくなるんですね。
いただいたお返事(第1信へのお返信 4月11日付け)の後半で書かれていることは、私が−−「つくる女の会」としての見解ではなく個人的にですが−−考えていたことととても近いので、嬉しくなりました。私が考えていたことを以下に記すので読んでください。感想でもあったら、聞かせてね。
★意思表示及び決定が困難な場合についてヨネヅが考えたメモ(会としての見解では
なく個人的に)★
97年の「からだと性の法律をつくる女の会」法案の「第三者機関」はかつての優生保護相談所になりかねないという批判があったため、意思表示が困難な人の場合を2001年3月の修正案には入れないことにした。でも、法律の中には入れないとしても、どこかで考えておかなくてはいけないことである。
@意思表示及び決定が困難な人にはまず決定のための援助を行い、できる限り本人の意思を反映させることとしてはどうか。
[援助を行う人の条件]援助を行う人は複数とし、本人の妊娠出産によって直接影響を受けることのない人が必ず加わること(家族など直接影響を受ける人ばかりだと、産まない選択に傾きやすいから)。援助を受ける人が意思表示が困難である理由について専門知識を持つ人と、性と避妊の相談員が、必ず加わることとする。
Aそれでも意思表示及び決定が全くできない人には、後見人または第三者機関が代行するが、決定を代行できる範囲は、強姦が原因と推定される妊娠の中絶に限定する。[その理由]強姦があったと推定される場合は、本人が自分から妊娠出産を希望したのでないことも推定されるので、人工妊娠中絶の決定を後見人または第三者機関が代行できると思う。それ以外のこと(避妊・永久避妊手術・強姦による以外の妊娠の中絶)は代行できないものと考える。
[後見人または第三者機関の条件]後見人は複数とし、本人の妊娠出産によって直接影響を受けることのない人が必ず加わること。第三者機関は、本人のプライバシーに配慮したうえで、行った決定の代行について定期的に別な機関による監査を受けることとする。
Bもし、この法律に規定を盛り込むことにするとしても、上記を反映する。
つくる会法案では、避妊、永久避妊手術と人工妊娠中絶を個人の意思において行われるものと規定している。本人の生命健康が危険である場合の永久避妊手術と人工妊娠中絶は医療行為と考え、この法律では扱かっていない。したがって、自分の意思を表示することができない人についても、永久避妊手術、人工妊娠中絶のどちらも「生命健康が危険である場合に行って良い」とする規定を入れるのはおかしい。意思表示できない人だけがその理由で永久避妊手術、人工妊娠中絶できるとするのは、おかしいし、危険だから。
Cただ、避妊についてはどう考えればいいのかよくわからない。上記の考え方を取れば、意思表示及び決定が困難な人の場合は、援助を受けることとしたので避妊できる可能性があるが、意思表示も決定も全くできない人については、後見人または第三者機関は避妊することを決定できない。それでは本人の不利益になる場合があるだろうか?
以上です。ではまた。
●当事者団体による援助機関を
第2信への返信(DPI女性ネットより 2001年4月21日)
米津さん、こんにちわ。
米津さんの「個人的見解」、読みました。
「意思表示及び決定が困難な人」に対して、決定のための援助を行う第三者機関についてですが、そのへんの話は、社会事業法の改正により、2003年からホームヘルパーなどの福祉制度が「措置から契約」に代わり、それに伴い、自己決定のむずかしい人の権利をどう擁護するのか、という話にとっても似ていますね。
法律では、ヘルパー派遣等を行う事業所が、きちんと契約やサービスを行っているかを監視する第三者機関として、社会福祉協議会をあげていますが、社協が果たしてどこまで当事者の思いをくみ取ってくれるのか、不安が残ります。
そこで、私たちとしては、自立生活センター等の当事者組織が権利擁護団体になっていきたいと考えています。ただ、当事者団体が法律に影響力を持つほどの数と力がないので、現在「当事者組織を全国に300か所」をうたい文句に、運動を進めています。
だから、米津さんの提案のなかの「援助を行う人の条件」の中に、「当事者組織」または「障害をもつピア・カウンセラー」というのを入れたらどうかと思います。
当事者組織の数を増やしていくのは、これからの課題ですが・・・。
さて、米津さんの手紙のなかにあったBについては、まったくその通りだと思います。Cについてですが、現実問題として「意思表示も決定もまったくできない人」とはどういう人でしょうか。
私のイメージでは、重症心身障害者または「植物状態」の人くらいしかイメージがわきません。その場合、自らの意志で他者と妊娠のリスクをもった性行為を行うことは、考えがたいのですが・・・。
あるいは、妊娠しないまでもたびたび強姦されるから「避妊」というのなら、むしろその環境的な要因の方に問題があるわけですし・・・。
上記の意見と矛盾しますが、「意思表示及び決定の困難な人」と「全くできない人」とを分けずに、どちらも「困難な人」の範疇にくくってしまえば、避妊についても援助を受けられることになりますが・・・。
というのが、現在のところの私の意見です。
とりとめなくてごめんなさい。
●強姦のほうを、やめさせないと!
第3信(米津より 2002年4月28日)
メールありがとう。お返事が遅くなってごめんなさい。
いただいた21日付けのメールに「現実問題として『意思表示も決定もまったくできない人』とはどういう人でしょうか。私のイメージでは、重症心身障害者または植物状態の人くらいしかイメージがわきません。その場合、自らの意志で他者と妊娠のリスクをもった性行為を行うことは、考えがたいのですが・・・・・・。あるいは、妊娠しないまでもたびたび強姦されるから『避妊』というのなら、むしろその環境的な要因の方に問題があるわけですし・・・・・・」とありました。ここのところは、そのとおりですね。
私も、強姦されることを心配して避妊や不妊手術を考えるのは話が逆だと思いながら、このところを書いていました。強姦のほうを、やめさせなくては!
また、「意思表示も決定も全くできない人」に、どういう場合に避妊が必要なのかということは私も具体的にはわからないのです。ただ、私の想像の及ばない例があるのかもしれないと思って、他の人の考えを聞いてみたかったのです。
「上記の意見と矛盾しますが、『意思表示及び決定の困難な人』と『全くできない人』とを分けずに、どちらも『困難な人』の範疇にくくってしまえば、避妊についても援助を受けられることになりますが・・・・・・」とおっしゃる点もふくめて、また考えてみます。