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 私たちの意見
−母体保護法に関する貴会の提言案に対して−


日本母性保護産婦人科医会
会長 坂元正一殿


私たちは、女性の身体が人口政策・優生政策の道具とされることに反対する意味で、性と生殖に関する自己決定権を主張してきました。「[女性の権利を配慮した母体保護法改正の問題点−多胎減数手術を含む]日本母性保護産婦人科医会提言(案)」に対して、私たちは次のように考えます。

1)まず刑法堕胎罪を廃止するべきではないのか

貴会は母体保護法改正の検討にあたり、女性のリプロダクティブ・ライツ<性と生殖に関する権利>を配慮されたとのことです。
 女性のリプロダクティブ・ライツ<性と生殖に関する権利>は、世界各地の女性運動から発した概念です。私たちのグループはこれを「女性が人口政策・優生政策に利用されることなく、子どもを持つか持たないかを誰からも強制されることなく決定できること」と考え、「性と生殖に関する女性の自己決定権」という言葉で表現してきました。
 近年、とくに1994年カイロ会議以降、国際社会はさまざまな問題の解決にあたって、女性のリプロダクティブ・ライツを考慮するようになっています。カイロ国際人口・開発会議行動計画、北京世界女性会議行動綱領にはそれが反映されました。母体保護法を見直すにあたっては、この視点はたいへん重要です。

 「提言(案)」に書かれているとおり、女性差別撤廃条約の16条eには「子の数及び出産の間隔を自由にかつ責任をもって決定する同一の権利並びにこれらの行使を可能にする情報、教育及び手段を享受する同一の権利」を謳っています。また、第7条gには「女性に対する差別となる自国のすべての刑罰規定を廃止すること」と明記されています。さらに、北京行動綱領106(k)は、「違法な妊娠中絶を受けた女性に対する懲罰措置を含んでいる法律の再検討を考慮すること」としています。
 これらの国際条約・文書が言っているのは、「女性の性と生殖に関する権利」の尊重には、避妊・出産・中絶・不妊手術のいずれも強いられてはならず、産む・産まないの選択・決定をするのに必要な情報および手段が、提供されなければいけないことです。そして、妊娠中絶が刑法によって処罰されてはならないということです。これは、わが国において、刑法堕胎罪の廃止を意味します。条約・文書を批准したわが国が、その検討すらしていないことは非常に問題なのです。
 刑法堕胎罪は女性と施術者を処罰の対象とし、戦前の人口増加政策のもとで女性を苦しめ、今も、生殖を人口政策に組み込む役割を果たしています。女性の人権を視野に入れるならば、堕胎罪の廃止は必然です。貴会にとっても、婦人科医の立場から、これは避けて通れない課題ではないのでしょうか。

2)女性の自己決定の範囲を12週未満に限定するべきではない

 日母「提言(案)」は「妊娠12週未満までは女性の権利に基づく任意の人工妊娠中絶を認める」としています。その根拠として、諸外国にその例が多いこと、わが国の分娩一時金支給の時期などを挙げています。
 しかし、妊娠中絶可能な期間は諸外国でも一様ではなく、「12週未満」であることの根拠もさまざまで、期間決定の背景にはその国の社会のありかた・宗教・歴史があるので、そのまま日本の法律に持ち込めるものではありません。人の生命はいつから始まるのかについては、国内外にさまざまな考え方が存在し、その中から一つだけを、法律を定める根拠とすることはできません。そもそも法律にそうした生命観を持ち込むべきではなく、法律はむしろ、生命に対して多様な考えを持つ人々が受け入れ可能なルールとして、機能すべきものです。

 私たちはまず堕胎罪の廃止を求めます。しかしそれが達成されるまでの間は、医師の認定・配偶者の同意なしで妊娠中絶ができる期間として、現行母体保護法の規定(22週未満)が維持されるべきと考えます。

3)配偶者の同意・親権者の同意は、法律で義務づける必要はない

 子どもを産むか産まないか、その決定は女性にゆだねられることです。産まないことを選ぶ場合には、まず避妊に関する情報と手段が充分に提供されている必要があります。妊娠中絶についても、偏りのない情報が提供されていなくてはなりません。
 これらの前提の上で、カップルや家族での話し合いや助け合いは、個々の関係において行われるもので、法が同意を義務づける問題ではありません。配偶者の同意が必要とされているために、不本意な性交によって妊娠した女性が、その相手に中絶の同意を求めねばならず、二重に傷つけられる場合もあります。
 成年か未成年か、また妊娠週数にかかわりなく、中絶手術における配偶者や親権者の同意を、法律が義務づける必要はありません。

4)「経済的理由」を「身体的又は精神的理由」、「社会的理由」とすることについて

 「提言(案)」は、「母体保護法」14条1項から「経済的理由」を削除し、「身体的又は精神的理由」、「社会的理由」の2つの条項を盛り込むとしています。そもそも私たちは、妊娠12週未満とそれ以降の間に線を引くこと、12週以降に中絶を認める条件をつけることに納得できません。また、貴会が「経済的理由」を「身体的又は精神的理由」、「社会的理由」とする根拠は、[解説]にも明確ではありません。「妊娠12週未満」の場合と同様、諸外国の例を根拠とするのであれば、やはり社会的背景の違いを吟味しなくてはなりません。貴会が「身体的又は精神的理由」、「社会的理由」をどう定義するのか、明らかにして欲しいと思います。

5)減数手術の規定を母体保護法に盛り込む必要はない

 減数手術の問題では、女性のからだに負担を与える不妊治療を見直し、人為的な多胎妊娠を防ぐのがまず先決です。妊娠中絶の方法の一つとして母体保護法に盛り込むことは、減数手術を通常行われる標準的な医療と位置づけることになります。その結果、多胎妊娠を起こす治療が見直されることなく、定着してしまうおそれがあります。減数手術は母体保護法には盛り込まず、多胎妊娠を防げなかった場合、緊急避難的に行う治療と位置づければよいと考えます。

6)「胎児条項」が盛り込まれなかったことについて

 すでに1997年から、貴会の常務理事が、胎児の障害を中絶の適用条件とする「胎児条項」を母体保護法に導入すべきとの見解を表明されていました。今年3月の新聞各紙の報道も、「提言(案)」の中に「胎児条項」が盛り込まれていると伝えています。私たちは「胎児条項」に強く反対する立場から、それが今回の案に入らなかったことを評価するとともに、その理由と今後提案される可能性に、深い関心をもっています。貴会は、この点を明らかにしてください。

 私たちが「性と生殖に関する女性の自己決定権」の主張で求めているのは"親になるかならないか"を選べることであって、胎児の性別や障害のあるなしで"子どもを選ぶ"ことではありません。

 母体保護法の前身である優生保護法は、障害者を「不良な子孫」と見なしてその「出生を防止する」という目的をもっていました。妊娠中絶を罰する堕胎罪と、健康な子の誕生だけを求める優生保護法は、障害者や女性の人権を侵害し、苦しい立場に立たせてきました。96年の改正で優生思想の条文が削除されましたが、このとき政府・厚生省は優生思想への反省を表明することなく、母体保護法のもとでも障害者を排除する思想は、生き続けています。
 言うまでもなく、妊娠・出産・子の成長の過程にはさまざまなことが起こります。いつ誰にでも、病気や障害をもつ子の親となる可能性があります。その前提に立ち、どのような場合にも子どもの誕生が歓迎され、差別を受けることなく育児が支援されることが、「性と生殖に関する女性の自己決定権」の保障に欠かせない条件の一つです。反対に、病気や障害があってはならない不幸と見なされるなら、親になろうとする女性に不安を与え、障害児の誕生を回避させる圧力となります。強制をともなわず「胎児条項」の形がなくても、女性の選択が障害者排除へと誘導されるなら、それもまた優生政策であり、「性と生殖に関する女性の自己決定権」を侵害します。

 貴会は「提言(案)」に、「母体保護法を時代に即した法に変えたい」と書かれています。私たちもまた、差別と支配の法律−−堕胎罪と母体保護法を廃止し、それに代わる法律について考えてきました。
 子どもを産まない・産めない女性や、障害者に対する偏見と差別をなくすこと、障害者がその性と生殖を疎外されないこと、偏りのない情報と手段が年齢や障害のあるなしで制限されることなく提供されること、これらが整ってこそ自己決定は成り立ちます。生殖に関わるこれからの法律は、現にある差別をなくし、新たな差別や支配をつくり出すことなく、女性の自己決定権を保障するものでなくてはなりません。

 貴会はまさに女性の生殖に携わる立場から、社会に対して影響力を持っておられます。母体保護法の検討にあたり、以上のことを熟慮されるよう願ってやみません。

1999年9月29日
  東京都新宿区富久町8−27ニューライフ新宿東305
電話・FAX 03−3353−4474
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