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■優生保護法の2つの目的
優生保護法は、2つの目的をもった法律でした。一つは「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」−−病気や障害をもつ子どもが生まれてこないようにする、という意味。もう一つは「母性の生命健康を保護する」−−女性の、妊娠・出産する機能を保護するという意味です。この2つの目的のために、不妊手術と人工妊娠中絶を行う条件と、避妊具の販売・指導についてを定めたのが、優生保護法なのです。
■「不良な子孫の出生防止」は、障害者への差別
障害者に対する差別は日本にも昔からありましたが、18世紀にヨーロッパとアメリカに拡がった「優生学」を取り入れた結果、それは“近代的な科学”の裏付けをもって法律のかたちに現れました。法律に定めるということは、“障害をもつ子どもの出生は家族と社会の負担であり本人の不幸だから、障害をもつ子どもを産む可能性のある人の生殖機能を奪ってもかまわない”といった障害者への偏見に満ちた考えを、国が表明したということです。また、“子どもを産んでよい人”と“子どもを産んではいけない人”を、国が選別するということでもあります。
最初にできた法律は、障害者の断種を目的として1940年に成立した国民優生法でした。当時の日本は、世界大戦への道をひた走っていました。兵士となる子どもを「産めよ殖やせよ」という時代で、避妊も中絶も不妊手術も、一般には許されていませんでした。国民優生法は、「遺伝性疾患」をもつ人に限って、優生学的理由による不妊手術(*)を行うことを認めた法律です。しかし、本人の同意なしに不妊手術ができる条文があったものの実施されず、本人が同意した手術の件数も、目的に反して少なかったのです。国民優生法は断種よりもむしろ、一般の中絶をいっそう取り締まることに力を発揮したのでしたが、それでも、“障害をもつ子を産むかも知れない人は、断種して良い”という考え方を、人々に定着させることになりました。
- (*)優生保護法も国民優生法も、不妊手術を優生手術と言い表しています。単に妊娠をしないようにするだけではなく、優生学の目的に沿って行う手術だからです。
優生保護法は、第二次大戦に敗れた日本が、戦前とは逆に人口の増加をくい止めるため、国民優生法をもとにして、中絶を許す条件と避妊の指導をつけ加えた法律です。しかし、優生政策は国民優生法でよりも、むしろ優生保護法の方で強くなりました。
優生保護法は、優生手術の対象を「遺伝性疾患」だけでなく、「らい病」や「遺伝性以外の精神病、精神薄弱」に拡大し、本人の同意なしに優生手術を実施できるようになりました。本人の同意がない優生手術は、1949〜94年の間に、統計に現れただけでも約1万6千500件も実施されたのです。その68%は女性でした。また、国民優生法にはなかった優生学的理由による中絶の規定が設けられました。
優生保護法は、優生手術を「生殖腺を除去することなしに、生殖を不能にする手術」と決めていて、それ以外の方法は禁じていました。にもかかわらず規定外のレントゲン照射や子宮の摘出が女性障害者に実施され、しかもこの違法行為は黙認されていました。優生保護法の目的「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」は、障害者から生殖を奪うことについて、人々がためらう気持ちをも奪ったのでした。 優生保護法が1996年に母体保護法に改正された後も、こうした違法行為が続いている心配があります。
■優生保護法は、女性の生殖における権利も護っていなかった
そもそも、子どもをもつかもたないか、もつならば何時、何人もつのか・・・それ
はカップル、とくに女性の意思できめることです。子どもをもたないことを選ぶ人に
は、その意思にもとづいて避妊と人工妊娠中絶が合法で安全に行えることが必要です
し、子どもをもとうとする人には、生まれてくる子に条件を付けず−−子が女でも男
でも障害児であってもなくても歓迎され、育てる支援が必要です。子どもを産むか産
まない(産めない)かによって女性が差別を受けないこと、女性に過重な出産・育児
責任を軽減する−−男性も分かち合い社会的援助があることも重要です。これらのこ
とは、障害のあるなしに関わらず、誰にでも保障されなければなりません。
日本の刑法には現在まで、1880(明治13)年につくられた堕胎罪があって、
人工妊娠中絶を禁止しています−−ただし、罰せられるのは医師など中絶手術を行っ
た者と女性で、男性は対象になりません。1945年に第二次大戦に敗れるまで、こ
の堕胎罪が厳しく適用されたので、女性にとってはたいへん苦しい時代でした。優生
保護法の成立で、女性はようやく、逮捕される心配なしに産まないことを選択できる
ようになりました。でも、優生保護法のもとで中絶を行う決定には、医師の認定と配
偶者の同意が必要で、女性の意思でできるのではありませんでした。堕胎罪は存続し
ていて、適用を強化することはいつでも可能です。優生保護法の成立は、生殖におけ
る女性の権利を回復したと言えるのでしょうか?
優生保護法の2つの目的「不良な子孫の出生防止」と「母性の生命健康の保護」
は、実は一つに結び合わされています。「保護」される「母性」とは、“健康な子ど
もだけを、国家に必要な数だけ産む生殖機能”のこと。つまり優生保護法は、“産ん
でよい人”と“産んではいけない人”を選別したうえに、“産んでよい人”の生殖
も、国家の人口政策・優生政策の中に位置づけてしまったのです。避妊も中絶も不妊
手術も、単に妊娠を避ける手段ではなく、優生学的目的を持たされました。1972
年の改悪案にあった「胎児条項」が示すように、女性の生殖をとおして人口の質を向
上させる−−女性に障害者排除の役割を担わせるのが、優生保護法の究極の目的だっ
たといえます。
優生保護法の成立は中絶の本当の合法化ではなく、女性の権利の確立でもなく、女
性を人口政策・優生政策の道具にし続ける政策だったのです。
優生保護法は女性にも障害者にも、こんなに不当な法律だったのでした!!
【優生保護法の変遷】(随時更新)
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