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「生殖補助医療技術に関する専門委員会」報告書において
提示された条件及びその具体化のための検討結果に関する意見


厚生労働省雇用均等・児童家庭局母子保健課
厚生科学審議会生殖補助医療部会事務局御中


■検討結果」全般に対する意見  日本の社会は依然として、「血の繋がり」がない家族、子どもを産まない女性やカップル、障害者に対する偏見と差別を克服しておらず、また、その認識と克服への取り組みが欠けています。そのため、生殖補助医療技術の開発・推進が、これらの偏見・差別を減らすよりも、むしろ強めるおそれがあります。
 貴部会の検討は、「生殖補助医療技術に関する専門委員会」の報告書「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療のあり方について」をもとにしていますが、専門委員会は検討に当たって、「6つの基本的考え方」を掲げていました。・生まれてくる子の福祉を優先する ・人を専ら生殖の手段として扱ってはならない ・安全性に十分配慮する ・優生思想を排除する ・商業主義を排除する ・人間の尊厳を守る 以上の6つです。これらが新しい生殖補助医療技術を実施して良いか否かの条件としてしっかりと用いられるなら、新しい技術で偏見・差別を強めないための最低限の条件となったでしょう。
 しかし、専門委員会の「報告書」は「6つの基本的考え方」を充分に反映しておらず、とくに「優生思想の排除」と「生まれてくる子の福祉の優先」はむしろ現状を後退させるおそれを感じさせました。私たちは2001年4月、この「報告書」に関する意見募集に応募してこのことを指摘し、提供等による生殖補助医療技術の実施は中止すべきであると書きました。

 今回貴部会の「検討結果」を読み、私たちは再び同じ感想をもっています。子どもをもちたいと願いながら叶わない悩みに対して、提供等による生殖補助医療技術は解決になるのか、新たな問題を引き起こすことはないかという疑問を、払拭できません。以下に、その理由を書きます。

1.女性を専ら生殖の手段として扱うおそれがある

 残念ながら、女性は「専ら生殖の手段として」扱われてきた歴史があります。民族浄化≠ニ呼ばれるようになった旧ユーゴスラビアなどでの集団強姦はその端的な一例です。日本でも戦前は「産めよ殖やせよ」のスローガンが象徴するように女性の身体は国策の道具とみなされていましたし、「家の跡継ぎを生む」という女性に課された役割は女性をまず「生殖の手段」とみなすものでした。そのような見方は、少子化対策が喧伝される現在も無くなったとは言えません。現在でも「家を残す」という有形無形の重みを女性が受けとめていることは、貴部会での岸本委員の発言にうかがわれるとおりです。
 「6つの基本的考え方」の「人を専ら生殖の手段として扱ってはならない」という項目は、上記のようなジェンダーの視点なくしては実効力を持たないどころか、女性を「専ら生殖の手段」とする傾向を強めることになります。インフォームド・コンセントにおいても、カウンセリングにおいても、倫理委員会においても、言い換えれば生殖補助医療技術に関わるあらゆる場面でジェンダーの視点は不可欠です。その点での配慮がほとんどなされていないことは、基本的な問題だと考えます。

2.優生思想は排除されていない

 「検討結果」は、【検討課題1】 2精子・卵子・胚の提供の条件 で、「遺伝性疾患に関しては、日本産科婦人科学会の会告『非配偶者間人工授精と精子提供』の4.及びその解説に準じたチェック(問診)を行う」としています。日産婦の同会告4.には「提供者は健康で、感染症がなく自己の知る限り遺伝性疾患を認めず・・・」とあります。
 医療である以上、提供者に感染症がないことは提供を受ける人の健康を守るためと理解できます。しかし、提供者の遺伝性疾患の有無は、提供を受ける人の健康に影響しません。また、生殖補助医療技術を使わない妊娠で、カップルがここまでの条件をお互いに課すことはまれで、一般的とは言えません。一般には行われていないことを、提供による生殖補助医療技術では条件とすることには妥当性がありません。
 ここには明らかに、遺伝性疾患をもつ子の出生の回避が意図されています。提供等による生殖補助医療技術で行われることは、それを用いない妊娠にも普及する可能性があり、障害者と障害児を産む女性に対する差別を強める恐れがあります。これは基本的考え方の「優生思想を排除する」に反し、むしろ優生思想を強化します。

3.「生まれてくる子の福祉」は優先されていない

 提供等による生殖補助医療技術によって生まれる子は、多くの負担を負います。出自と人間関係の複雑さ、結婚にあたって近親婚の心配すらされる、自分の医学的情報が公的管理運営機関に80年間保存される(【検討課題3】 1 (1) 5)1つ目の○のB)などです。
 出自と人間関係の複雑さは、提供等による生殖補助医療技術で生まれる場合に限らずあり得ますし、近親婚となる可能性も同様です。しかし、提供等による生殖補助医療技術での出生は、夫婦間の配偶子での出生よりもそれらの可能性を高めます。個人の医学的情報が本人の承諾なしに公的機関に保存されることは、他の場合には考えられません。

 まず、出自と人間関係の複雑さを、できるだけ生まれてくる子の負担としないようにするためには、周囲に深い覚悟と多大の努力が要請されます。  「どうして私を生んだのよ?」「誰が生んでくれって頼んだんだよ!」と、子どもが親に食ってかかる。「そんな子を生んだ覚えはありません」と、親が子どもを叱りつける。子どもが成長する過程でよくある光景です。提供等による生殖補助医療技術は、親と子が共に育ちあっていくプロセスに織り込まれているこうした葛藤の場面に見えない影を落とすことになります。それは、看過できないほど重要な意味を持っていると思います。
 子どもは親を選んで生まれてくることはできません。女に生まれた、男に生まれた、日本に生まれた、こういう身体に生まれた、ということも選ぶことができない。そもそも生まれてくること自体が、当人には一方的に受け取らされるしかないことがらです。その意味で、当人には責任がない。人は根源的に白紙であり、イノセントである存在として、この世に生まれてくる。この白紙性、無実性が自分というものの根源にあるからこそ、人はさまざまな葛藤や危機を乗り越え、女に(あるいは男に)生まれ、この親の元に生まれたということを、引き受けて生きていくことができるでのはないでしょうか。
 親の側から考えれば、子どもを生むということ自体はひとつの選択です。けれども、どんな子が生まれてくるかは人間の計らいを超えている部分があります。そのようにして生まれてきた子どもを無条件に――親の側も白紙で――受け入れることによって、親が親としての責任を果たす営みが始まる。生まれてきた子どもの白紙性、イノセンスを厳粛に受けとめて、親の側も自ずと白紙の状態になる。親もまた、この根源的な白紙性から、自分たちが子どもを生むという選択をした責任を負い始めるのではないでしょうか。  ところが子どもの誕生に人為的に介入する生殖補助医療技術は、この根源的な白紙性を喪失させる危険性を孕んでいます。精子・卵子・胚の提供を受けるとなれば、その危険性は一層深刻です。貴部会で議論になった「不当な生存児」「予期しない生存児」(英語ではwrongful life baby)という言葉がいみじくもそのことを示しています。どのような生命(life)も、どのように生まれてくる子ども(baby)も、wrongful(悪い、正しくない、不当な、法的権利を有しない、不法な、違法の)ということはありえないし、そのように規定することは許されません。生まれてくる子に、根源的な白紙性、イノセンスを確保することは、人がそれぞれにかけがえのない存在であることを保障することにほかならず、「人間の尊厳を守る」ために必須の事柄です。

 次に近親婚の問題が、提供を受ける生殖補助医療技術によって生まれる子にとって大きな負担となることは避けられません。なぜ近親婚を避けるべきかは書かれていないのでその点疑問ですが、避けるべきという前提に立つなら、結婚という手続きを経ない性的な結びつきにも、これは当てはめられるのでしょう。結婚したいあるいは性的に惹かれるというとても人間的な心の動きに、相手が近親か否かを調べねばならないという枷が、子には常にはめられるのです。当人にとって大変に負担だと思います。

 【検討課題3】、1、(1)、5)精子・卵子・胚の提供により生まれた子に関する個人情報の保存では、生まれた子の医学的情報が80年間保存されることになっています。提供等による生殖補助医療技術で生まれた子は本人の承諾なしに個人情報が集積され、生涯に渡って追跡調査の対象となるのでしょうか。非常な恐ろしさを感じます。提供等による生殖補助医療技術が、子にそのような負担を強いなければ実施できないなら、実施自体が問題です。一方で、出自を知るための情報に提供者を特定する情報まで含める決断は、なされていません。

 このように、「生まれてくる子の福祉」が優先されているとは思えません。子をもちたいと望む人の希望を叶えるために、生まれる子にこれだけの負担を与えて良いのでしょうか、どういう理由でそれが許されるのでしょうか。
 誤解のないように書き添えますが、何らかの負担を負って生まれること自体が悪いとか、避けるべきと言いたいのではありません。出生にあたって負う負担はさまざまにあり、負担を持ったことで即不幸なのでは決してありません。しかし、提供等による生殖補助医療技術は、その技術とシステムを使わなければ生まれることのない子を、あえてつくります。それは妥当なのか、子をもちたいという願いは子が負担を負うことよりも重視されるのか、そのことを問いたいのです。

4.生殖補助医療技術の安全性は十分に配慮されていない

 第12回のヒアリングで、広島HARTクリニック院長の高橋克彦氏が、「私どものクリニックでも顕微受精によって既に100人を超える赤ちゃんが誕生し、皆元気に育っています」と言いながら、一方で「流産のところまではわれわれはフォローできますけれど、[略]妊娠するとHARTクリニックは忘れたいという方が決して少なくないので、それ以上の追跡は不可能な面もありますけど」と語っています。とするならば、「皆元気に育っています」という言葉は大変に無責任な発言だということになります。第16回の貴部会での吉村委員による「顕微受精については、こういった異常[染色体異常、先天異常]が多くなるというデータ、変わらないというデータが今のところあります」という説明、第7回における渡辺委員の「私が実際に不妊治療の結果子どもさんを産んだお母さんたちのカウンセリングをしている現場では、[略]やっと妊娠した子どもたちが蓋を開けてみたら障害児であるというケースがたくさんあるのです」という発言を考え合わせると、なおさらです。

 また、第19回の貴部会で、松尾委員が、生殖補助医療技術により出生した新生児の低体重出生児、超未熟児の比率は、いずれも自然分娩出産の約6倍というアメリカのデータを引用しています。これは、体外受精という技術そのものが未完成であること、むしろ未だ実験段階にある技術だということではないでしょうか。「専門委員会報告書」も「検討結果」も、このような事態に対する謙虚な反省の上に立って出されたというよりは、現状を追認する方向をとっています。「安全性」が十二分に確保されると言い難い状況では、医療への疑問、不信は増大するばかりです。
 再び誤解のないように書き添えますが、私たちは、社会は障害をもった子を障害のない子と同様に歓迎し受け入れるべきと主張しています。障害をもった子や体重の少ない子の出生自体が問題だと言いたいのではありません。生殖補助医療技術を使わない出産でも、一定の割合で障害をもった子や体重の少ない子が生まれます。どのような場合にも、産んだ女性と生まれた子への歓迎と育てる支援があるべきで、それを出生前診断などを用いて排除することが標準的な医療となるべきでは決してありません。しかし、生殖補助医療技術が障害をもった子や体重の少ない子を増やすおそれがある技術だとしたら、その使用を良いと思えないのです。ある種の生殖補助医療技術による妊娠出産に、自然妊娠出産よりも染色体異常・先天異常・低体重出生児・超未熟児などの比率が多いということが事実ならば、それを理由に出生前診断の実施が増える可能性があります。そのことは、自然妊娠出産における出生前診断の実施をも増やすおそれがあります。

 生殖補助医療技術は、子をもちたいと願いつつ叶わない人の悩みを解決するために開発されました。しかし技術の登場は、人の考え方を変容させるあるいは新しい期待を呼び起こします。ある技術の提示が期待を呼び起こし、しかしどんな技術も全ての人を救うことはできず、また次の技術が求められて登場することの繰り返しで、最初の予定とはかけ離れたところにたどり着くように思います。子をもちたい人たちは、生殖補助医療技術がここまで多くの問題を含むと予想しなかったでしょう。少なくとも、子に負担を負わせることを初めから了解していたとは思えません。純粋に子の誕生を願い、大切に育てたいと考えていたはずです。また、自然妊娠の場合には問われることの少ない「なぜ、子をもちたいのか?」という問いにさらされたと思います。自然妊娠では経験しないだろう模索をへたうえで、提供による生殖補助医療技術を求める当事者の声の重さを感じながら、私たちにはそれでも捨てきれない疑問が残ります。

 最初に書いたように、日本の社会には女性や障害者を抑圧してきた人口政策・優生政策の歴史があり、「血の繋がり」がない家族・子どもを産まない女性やカップル・障害者に対する偏見と差別が医療技術の中にも組み込まれており、個人の想いや努力をこえて働きます。その力が、上記1−4に書いたような問題をつくり出し、偏見と差別を深めるのではないかということです。

 日本の社会において上記1−4で触れた問題が考え抜かれ、可能な限りの対策が行われるまで、私たちは提供等による生殖補助医療技術の実施を見送ることを求めます。

■「検討結果」に求めること

 以上のように私たちは、提供等による生殖補助医療技術のあり方に疑問をもち、実施の見送りを求めますが、この求めが入れられる可能性はたいへん少ないことも、絶望とともに痛感しています。ですので、実施されるのであれば「6つの基本的考え方」をできる限り反映するため、「検討結果」に次のことを求めます。
  • 【検討課題1】 2精子・卵子・胚の提供の条件 (1)採取、使用に当たっての感染症及び遺伝性疾患の検査 2つ目の○
    ・日本産科婦人科学会の会告をそのまま準用するのではなく、会告にある提供者の条件から「自己の知る限り遺伝性疾患を認めない」を削除すること。  理由:提供者に「遺伝性疾患がないこと」を求めるのは優生思想の強化になるため
  • 【検討課題1】 2精子・卵子・胚の提供の条件 (3)精子・卵子・胚の提供における匿名性の特例 は(案4)を採用し、兄妹姉妹等からの提供は認めないこと。
  • 【検討課題1】 2精子・卵子・胚の提供の条件 (5)その他の条件 1)生まれた子が知ることのできる提供者の個人情報の範囲 は、(案2)を採用すること。
  • 【検討課題2】 1 (3)カウンセリングの機会の保障について  ・本人の希望でカウンセリングを受けられる人の中に、生まれた子を含めること。
  • 【検討課題2】 2 (3)倫理委員会について 4つ目の○のB「委員のうち2名以上は、女性が含まれていること」を、「委員のうち半数は女性が含まれていること」とする。 ・倫理委員会の人員構成は、委員の半数は女性にすること。
  • 【検討課題3】 1 (2)審査業務について 1)兄妹姉妹等からの提供についての審査 ・審査会の構成員の半数を女性にすること。
  • 【検討課題3】 1 (1) 5)精子・卵子・胚の提供により生まれた子に関する個人情報の保存 1つ目の○のB ・生まれた子に関する医学的情報の保存が生まれた子自身のために必要なら、親となった人が保存すれば足りる。公的管理運営機関で保存する理由を明示して欲しい。生まれた子自身の利益になる根拠がないなら、子が同意できる年齢になるまでは親となる人の同意書を、同意できる年齢以降は子の同意書を要件とするべき。
  • 【検討課題3】 2 (1) 2)実施医療施設の指導監督業務  ・【検討課題2】の規定どおりに実施されるよう、監督は厳格に行ってほしい。

2002年12月24日
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